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日本研究市場はこのまま縮小するか?~ボストン出張日記~(ほんのひとこと)

 「神保町のんしゃら日記」なる変なタイトルの日記連載を、『歌誌月光』(福島泰樹主催「月光の会」の結社誌、隔月刊行)に執筆しています。5月に発行した78号では「あめりか漫遊編」として、今年3月のアメリカ出張記録を書きました。本稿はその改題&縮約版です。


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 2023年3月12日(日)今日からアメリカ出張、ボストンへ。弊社の雑誌記事索引データベース「ざっさくプラス」の営業活動の一環で、ボストンで開催される幾つかの学会に参加する。初めての本格的な海外渡航。行きのフライトは、12時間。うたた寝を繰り返すと、意外とあっという間にニューヨークに着いてしまった。到着日時が出発日時とほぼ同じ、というのはなんだか変な感じだ。


 13日(月)長距離列車のアムトラックでボストン入り。時差ボケなし。


 14日(火)今日からはじまるHTT(Harvard Tools of the Trade)は今回初めて開かれた国際会議。東アジアの人文情報学に関する発表で構成されている。日本資料を扱う多くのライブラリアンの方々と面識を得る。午前中の前半は、各国(アメリカ、台湾、韓国、中国、ベトナム、日本)の代表者による発表。日本の発表者は国会図書館の大沼太兵衛さん。後半は教室を変えて各国ごとの発表で、日本はNDL-OCRのより詳しい話。参加者からは、NDLの個人送信を、早く海外でも使えるようにしてほしいとの声(現在は不可)。資料をデジタル化することの利点は、地理的なハンデや時間的なハンデをなくせることだ。この制限、はやく無くなって欲しい。NDLデジコレのリニューアルは大変好意的に受け止められている。


 15日(水)HTT2日目&CEAL(Council on East Asian Libraries)1日目。CEALは東アジア図書館協議会のことで、この年次総会に合わせて様々なカンファレンスも行われている。午前中はHTTの発表を聞く。前半の日本の登壇者はNII(国立情報学研究所)の北本朝展さんによるもの。後半の発表は、北本さんの他に国文学研究資料館の菊池信彦さんと、人文情報学研究所の永﨑研宣さんの発表もある。昨日のNDLもそうだが、OCRの進歩はめざましい。これらの技術を積極的にDBに取り入れたい。


 夜は、北米のライブラリアンのYさんが、親しい方々との食事会に誘ってくださる。日本文化・日本研究の伝え手である使命感と、日本研究の市場が縮小していくことへの危機感が、言葉の端々から伝わってくる。ライブラリアンの皆さんと、日本研究をより深く広く浸透させるためのもの(本もデータベースも)を作っていきたいという気持を新たにする。「一次資料の連携が充実してきて助かっているけど、ざっさくプラスは大丈夫?」「アメリカでは、二次資料のデータベースは優先度が下がってきているから、このままじゃあと10年はもたないかも」という率直な指摘にも。それは私たちも強く感じていることだけれど、ライブラリアンの方々から言われると切迫感が増す。こういう現状を率直に言ってもらえることが、この出張に来たことの価値なのだ。


 16日(木)CEALの発表を聞く。ブリティッシュ・コロンビア大学のライブラリアンの喜多山知子さんによる自校のコレクション紹介や、ペンシルベニア大学のRebecca Mendelsonさんの、自校における日本人女性写真家コレクションの構築についての発表が興味深かった。


 17日(金)今日からAAS(Association for Asian Studies)。この出展が今回の出張の主な目的。東アジアの歴史に関するこの学会は、毎年3月に北米のどこかで開催されてきたが、今年はコロナ以降3年ぶりの開催。学会発表が行われている同じ建物の中で、アジアの出版社や学術情報を扱う企業がブースを出している。弊社は丸善さんのブースで参加させてもらう。学会発表の合間に、入れ替わり立ち替わり、ライブラリアンの方々や研究者の方達がブースに寄ってくれる。「ざっさくプラスいつも使っています」と足を止めてくれる方は非常に多い。「北米では非常に活用されている」という話は間接的には聞いていたが、直接聞くと喜びもひとしお。


 18日(土)AAS2日目。昨日よりも研究者の人たちが多い。


 19日(日)AAS3日目で最終日。空いた時間を見計らって、台湾の代理店の「漢珍」さんのブースへ。戦前(日帝時代)の雑誌の索引DBと連携したいということを相談すると、非常に好意的で前向きな返事をしてくれる。ぜひ話を進めよう。


 20日(月)昼過ぎの飛行機で離陸。復路は往路より2時間多い14時間のフライト。アラスカの上を飛んでいる最中、眼下には雪原か氷河が広がっている。時差の関係で、外はずっと明るい。


 21日(火)日本時間17時に着く。アメリカに行けば相対的に日本の良さが見えるかと思っていたけれど、むしろその逆で、アメリカには日本にはない解放感があった。この今の日本の閉塞感は一体なんなのか。


 強く感じたのは、ライブラリアンの方々の、日本研究市場の縮小にたいする危機感だ。日本研究は魅力も人気もあるが、著作権法や出版社の姿勢が厳しかったり、そもそも電子コンテンツが少なかったりして、「今便利に使えるツール」が多くない。そのためツールが豊富な別のアジア研究に人が流れている。まずはこの流出を止めなければならない。そのためには、新しい技術をできるだけ早く製品に取り込んでいくとともに、よりオープンな姿勢が求められると思う。既得権を守ることにやっきになって、電子コンテンツに細かな制御をかけている間に、日本語話者や研究者そのものがいなくなってしまったら、元も子もない。日本はこれからどんどん人口が減る。そんななかで日本語や日本語で書かれた作品が残っていくためには、海外にその文化を広げることは、目先の小さな利益以上に大切なことであるはずだ。


付記

・HTTについては、翌15日に発表をされた人文情報学研究所の永崎研宣先生がレポートをかいていらした。


・訪米中にお会いした、カリフォルニア大学バークレー校のマルラ俊江さん、アイオワ大学図書館の原田剛志さんによる、「図書館向けデジタル化資料送信サービスへの北米からの参加の現状と今後への期待」が公開されていた。ここに、日本研究がその内容ではなく環境のために、韓国研究に追い抜かれてゆく例の一つが示されている。



出版協理事 晴山生菜(皓星社




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