書店員さんに会う機会があると「出版社にどんなことを望みますか?」と聞くようにしている。かつては本の内容に関するご要望を頂いた。例えば「返品の多い本は作らないで欲しい」、つまり「売れる本を出して欲しい」という声が多かったように思う。最近は店頭施策のこと、販促用の什器やPOPについて「自社の本だけ目立たせればいいという、現場のことを考えないものを送り付けないで欲しい」といった苦言を伺う(当社のことではない)。が、それ以上に「書店にお客様を呼ぶ機会を作って欲しい」という声を聞くようになった。都心から地方まで、大型チェーンから街の本屋さんまで、口裏を合わせたかのように同じ声を聞く。
背景には雑誌の低迷がある。かつては100万部を超える週刊誌がいくつもあり、読者は発売日に合わせて書店に足を運んだ。そのついでに書籍も売れた。1980年代ごろ、雑誌が出版物流を支えた時代は「雑高書低」と呼ばれ、雑誌の流通金額が書籍を上回っていた。しかしその後雑誌の売上は落ち続け、2016年には書籍の売上が雑誌を上回る「雑低書高」の時代に突入した。かつて書籍は雑誌の流通インフラに乗っかっていたが、今は書籍の流通を中心に考えざるをなくなった。しかしこの話は面倒なので置いておく。
重要な点は「読者が書店に足を運ぶ理由が減った」ということと、「読者が足を運ぶ理由を書籍出版社が作る必要が出てきた」という点である。それは書店の使命では? という議論もあろうが、書籍出版社だからできることがある、という視点に立って考えてみる。
中小出版社にできることはとくにないのでは? という考え方は間違っている。逆である。中小だからこそ、この時代の要請に応えられる。なぜか。
1. 生活者の可処分時間は無料でリアルタイムに更新できるWeb媒体、特にSNSや動画配信に使われるようになった。
2. SNSとはマスメディアではなく、用途や趣味嗜好で細かく分類されたニッチコンテンツであり、マイクロメディアの集合体である。
3. 中小出版社の生み出すコンテンツは、用途や趣味嗜好で細かく分類されたマイクロメディアそのものであり、比較的信頼性が高く、優良なコンテンツであることが多い。
4. 従って中小出版社が適切な場所とタイミングで情報提供することで、生活者の可処分時間の有効活用に寄与できる。
実際の生活者の声を聞いた。今年4月に当社に入社する新卒の社員や、インターンの大学生に「本屋さんに行くきっかけは何か?」と尋ねたところ、「知っている人がSNSで面白そうな新刊を紹介」していたり、「書店でのイベント情報を見た時」とのことだった。
実際に中小出版社でも読者を書店に誘導できた例として当社の事例を紹介する。当社では発売後2年で30万部以上売れているベストセラー絵本がある。その売り伸ばしキャンペーンとして、絵本の絵を使った店頭用ノベルティを用意した。当社営業部としてはこの施策で書店からの注文を増やし、店頭で大々的に並べていただくことを期待した。実際、多くの受注をいただけた。そしてSNSでこのノベルティのことを告知したが、書店名は明記していなかった。すると読者から「どの書店でもらえるのか」といった問い合わせが相次いだ。あたりまえである。急遽社内で話し合ったが、事前に書店名を公開する許可を書店から得ていないとの理由で、担当としては躊躇した。しかし書店に読者を呼び込むことは正しい行いであると信じ、クレームがあったら代表の私が謝罪する、として、SNS上で公開した(ただし「本部の許可が必要」とわかっている書店は除いた)。その結果、読者からは感謝の声だけが上がり、書店からのクレームなどは無かった。
この話のポイントは、ベストセラーを出そうという話ではなく、営業活動をする上で「書店での受注を増やせばよい。集客は書店に任せればよい」という考え方は閉鎖的で前時代のものであり、今は「書店への集客にも寄与する」ことが肝要だ、という話である。当社は今後の特典施策は全て対象書店をSNSで公開する、と決めた。
特典施策に限ったことではない。どの出版社にも特定の層にファンがいる。3000社程度あるとされる全ての出版社がファンに向けて書店への誘導を行なえば、小さくないムーブメントを起こせるのではないだろうか。例えば単純に、新刊を置いている書店名を一部でもよいので公開すればよい。最寄りの書店にあることを知ったファンが訪れるであろう。
SNSを開設していない出版社のみなさんは、すぐにでも開設しましょう。そして新刊や特典施策をどの書店で入手できるのか告知してみましょう。それだけで何かが変わるように思います。しかし、そうすることで、書店のみなさんには、ご迷惑をおかけすることがあるかもしれません。ご意見などいただけたら幸いです。
出版協理事 三芳寛要(パイ インターナショナル)
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