【声明】侮辱罪の厳罰化に反対する声明

 「侮辱罪」を厳罰化する刑法等の一部を改正する法律案(以下、「改正案」という)が4月21日、衆院本会議で趣旨説明と質疑が行われ、審議入りした。

 日本出版者協議会は、言論、出版及び表現の自由を擁護する立場から、この改正案に反対し、廃案を求める。

 1. 侮辱罪(刑法231条)の厳罰化は、インターネット上で中傷を受けたプロレスラーが自死(自殺)したことを契機に大きな動きとなった。「近年における公然と人を侮辱する犯罪の実情等に鑑み、侮辱罪の法定刑を引き上げる必要がある」。これが、改正案を提出する理由である。

 厳罰化の内容は、現行の法定刑である「拘留または科料」を「1年以下の懲役もしくは禁錮、30万円以下の罰金、または拘留もしくは科料」に引き上げることである。

 2. 侮辱罪は、「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者」と規定しているだけで、「侮辱」の判断基準は曖昧である。

 たとえば、「○○○○議員は総理大臣の器でない」「○○○○総理大臣は税金泥棒だ」と発言したり、文章に書いたりすると、告訴・告発されれば、侮辱罪の捜査対象とされる可能性がある。

 侮辱罪の法定刑引き上げについて審議した法務省の法制審議会では、侮辱罪の判断基準が曖昧で表現の自由が制限されるのではないかとの質問があった。それに対して、警察庁刑事局長である委員は、「刑罰法規に触れる行為が認められる場合には、法と証拠に基づいて適切に対処する」と答えるのみで、何ら表現の自由を保障する具体的な措置について言及していない。

 法律適用の第1次判断者は警察・検察で、侮辱罪の適用が恣意的にされると、重大な表現の自由に対する侵害となる。

 反戦ビラを自衛隊宿舎の新聞受けに投函したことが住居侵入罪にあたると逮捕した立川反戦ビラ配布事件の例を出すまでもなく、警備・公安警察活動において、表現の自由を制限した例はこれまでにも多数ある。

 3. 刑事訴訟法では、逮捕・勾留の要件について厳格な規定がある。法定刑が「拘留又は科料」である現行の侮辱罪では、「定まった住居を有しない場合」又は「正当な理由なく……出頭の求めに応じない場合」でなければ逮捕(刑事訴訟法199条1項但書)されないし、「定まった住居を有しない場合」(同法60条3項)でなければ勾留することができない。

 厳罰化により、「定まった住居」があり「出頭の求めに応じた」場合であっても、逮捕・勾留されることがあり得る。このため有罪判決前に長期間の身体拘束が可能となる。また、法定刑が「拘留又は科料」に限られる犯罪については教唆者及び幇助者が処罰対象から除外されているが(刑法64条)、厳罰化により、教唆者や幇助者に処罰対象が拡大される。このため、出版者が表現者の教唆者や幇助者となる可能性は否定できない。

 上記のように、たとえ裁判で無罪となっても、長期の勾留を余儀なくされ、出版者を含む表現者にとって重大な社会的活動の制限と経済的損失を覚悟せざるを得ない事態が起こり得る。

 さらに、近年、企業や個人が表現者に対して、「スラップ訴訟」といわれる「名誉棄損」を理由とした巨額の損害賠償請求訴訟や名誉毀損罪による刑事告訴・告発の事例が増えている。侮辱罪の厳罰化によって、名誉毀損罪と同様、本来尊重されるべき言論に対して刑事告訴・告発などが濫用され、捜査対象になる危険が拡大する。

 4. 名誉棄損罪については,1947年に表現の自由(憲法21条)と名誉の保護との調和を図るために、公共の利害に関する場合の特例(刑法第230条の2)が新設された。これにより、たとえ名誉を棄損する事実を表現しても、それが「公共の利害に関する事実」で「その目的が専ら公益を図る」場合や「公務員又は公選による公務員の候補者」(公人)に関する場合には、真実であったことを証明することにより処罰対象から除外されることが明記された。しかし、侮辱罪にはその特例はない。もし侮辱罪を厳罰化するのであれば、侮辱罪にも名誉棄損罪と同様の特例規定を付け加えるべきである。公共の利害、公共目的および公人の特例を設けない侮辱罪の厳罰化は、民主主義社会の健全な発展のために最も尊重されるべき表現の自由を脅かすものとなる。

 5. 本改正案の背景として、インターネット上の誹謗中傷が広がっており、それを抑止するために必要であることが指摘されている。個人に対するインターネット上の誹謗中傷は規制されるべきである。しかし、匿名で行うことが可能なインターネット上の書き込みでは、加害者を特定することが困難である。このため、侮辱罪の厳罰化の威嚇による防止の効果があるのか、疑問である。

 このような誹謗中傷をなくすためには、「発信者情報」の開示手続の簡素化などプロバイダ責任制限法の強化や、SNSなどのサービスを提供している運営者・管理者に対して、発信者情報の保存義務化・侮辱にあたる書き込みの削除要求に対する迅速な対応など、侮辱罪の厳罰化とは別の実効性のある対策を求めるべきである。

 以上のように、日本出版者協議会は、言論、出版及び表現の自由の擁護を目的とする団体として改正案に反対し、即時廃案にすべきであることを表明する。

以上


2022年5月10日

一般社団法人 日本出版者協議会

会長 水野 久

東京都文京区本郷3-31-1 盛和ビル40B

TEL:03-6279-7103/FAX:03-6279-7104


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