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たいへん貴重な「台湾出版事情」駆け足レポート(ほんのひとこと)

 2023年1月、『台湾および落語の!』(彩流社)を刊行した作家・真木由紹氏が自らの売り込みで台湾語訳の出版に漕ぎつけた。その際、現地で取材した出版事情を寄稿してもらった。


* * *


①台湾での翻訳出版の経緯

 新人賞に応募することよりも末に台湾で出版されることをイメージしながらも書いていたということもあり、彩流社から出版された年の暮れ、営業活動に着手しました。まずは彩流社のホームページリンクと自己紹介とあらすじを中国語で添え、25の出版社にメッセンジャーを送信。結果、各社の反応は次の4通りに大別できます。


「興味あり(3)」、「要検討 (7)」、「既読も反応なし(7)/未読で反応なし(3)」、「明確に否(5)」


 殊に最後の「否」の反応に、この国ならではの事情を感じ入った次第です。というのも我が小説内では台湾を国として書いており、それが各社に送ったあらすじにも反映されています。「否」との反応をくれた5社をよくよく調べてみれば、揃って中国に販路を持った出版社なのです。そのフォーマットではない手打ちの返信は、明確な「否」の意志を感じさせると共に一介の外国人に台湾出版界における中国の存在を思い至らせるものでもありました。



②台湾国内の出版状況(大陸側との無視できない微妙な関係)

 やはり様々な好み、立場、態度があります。あって良いはずです。台湾であればこそ尚更です。それゆえ出版目録を眺めるに書名に「台湾」ではなく「中国」の名の入ったものの多い出版社もあれば、中国で刊行された簡体字の書籍だけを集めた書店も存在できるわけです。


 台湾本土派とでも言えるような出版社もはっきりとあります。日本統治下、国民党による一党独裁下に埋もれていた、隠されていた台湾の歴史を多角的に掘り起こし、今一度自分たちの台湾史を見つめ直す。個人的にそういった書籍が多い印象を持っています。


 例えば、このところ台北の独立書店を覗いてみますと書棚を一瞥して書名に「台湾」の名がつく書籍が随分と多かったりします。無論、出版社も出版社なら書店も書店、意識的な営為なはずです。勿論、すべてがすべて、そういった舵を切ったような態度を見せているわけではありませんが。尚、台湾の歴史の中で出版にまつわる大きな転換期は三つあると考えられます。


 其の1 1987年、戒厳令の解除による政治活動、言論の自由。


 其の2 1988年、〈報禁〉の撤廃。政府による報道検閲はその内容ばかりではなく印刷所(政府認可の必要)、ページ数などにも及びました。こちらの撤廃をいよいよ迎えたわけですが、表現の自由が完全に保証されたとは言い難く、翌年には台湾独立の主張のもと部数を伸ばしていた雑誌社にガサが入り、その抗議として編集長が社内で焼身自殺を遂げています。


 其の3 1999年〈出版法〉の廃案。今に繋がる出版風土はここから始まっていると言えるのでしょう。



③台湾での日本語書籍翻訳状況

 あらゆる分野の日本の書籍が数多く翻訳されている印象です。自己啓発本に人文書、漫画に参考書。面白いことに大型書店などにおいて日本文学は外国文学の括りではなく日本文学として独立しています。東野圭吾や村上春樹などは勿論のこと、中には思わずおっと声が出てしまうような作家の作品も翻訳が為されています。今春、驚いたのは吉屋信子です。しかも愛蔵版のようなデザインの単行本ということもあり、10冊以上書棚に並べられている様子は随分と壮観でありました。


 又、現在は台北を中心に独立書店が隆盛を誇っています。専門に特化した書店、頻繁に読書会が催されている書店、古い建物をリノベーションしてそれこそ〝映える〟造りにした店舗など様々です。個性を押し出したそれらの書店の中にもやはり一定数の日本の書籍の翻訳本が並んでいます。ある時、私は書店内において小脇に抱えたスケボーを落としてしまいました。滑り行くスケボーの行き着いた平台には正宗白鳥と永井荷風が平積みされておりました。



④きわめて特異な「読書共和国出版集団」について

 台湾出版界で異彩を放つ「読書共和国出版集団」をご紹介しましょう。書籍の並べ方は書店によって様々ですが、ある時、出版社の名前で区分けされている書棚において出版社名の下にカッコして「読書共和国」と記されていることに気が付きました。調べてみるに2002年に設立され、今では60強の出版社で構成されている出版社集団であることを知りました。結果的にその中の1社と私は契約を結んだのですが、出版社を訪れて驚きました。読書共和国に加盟している出版社は1人、2人版元が多く、そのどれもが同じ建物の、階にして4階分、4フロアに収まっているのです。出版社の色も無論様々で、軍事に特化した出版社もあれば、自己啓発に特化した出版社、日本の漫画(ガロあたり)の翻訳本に特化した出版社など極めて多様です。試しにこの出版集団の良い点を拙著の担当者に訊ねてみたところ、経理の面と光熱費の面との答えをもらいました。逆に大変なことを訊ねれば、翻訳者の争奪戦が起こった際には相手が近くにいる分、ケンカが起こりやすいとのことでした。


 ちなみに私の担当者が以前に勤めていた版元の上司(中国人)は昨年3月に中国に一時渡航して以来、消息不明になっています。渡航理由は台湾の方と結婚するために中国籍を抜いてくるといったものだったそうですが、行方は杳として知れず、今年度の読書共和国の共同目録において社長が声明を載せる事態となっています。


 最後になりますが、こちらの共和国ではオンライン会員になりますと書籍を割引価格(約3割引)で購入できるなんてサービスも行われています。私の友人たちもこちらの会員になっている人が多くおり、台南の友人などは「本好きなら知ってるっしょ」と得意げに言っておりました。(筆・真木由紹)


* * *


 「台湾」という特殊な事情があるにせよ、肝のすわった版元の社主たちは多様な書籍を世に問うべく東奔西走しているようだ。興味深いのは創設20数年の「読書共和国出版集団」の存在。日本では版元「共和国」が創設して10年。日本版「読書共和国出版集団」実現の可能性はありやなしや!?



出版協理事 河野和憲(彩流社

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