「盗人の昼寝」(ほんのひとこと)

更新日:2018年8月23日

 「盗人の昼寝」という諺がある。「何の気なしにふるまっているように見えながら、実はある目的や思惑を隠し持っている」ことのたとえで、泥棒が昼寝をしているのは夜、盗みを働くための準備であり、一見何気ないふるまいにも悪だくらみが隠されているという意味だそうだ。誰が考えたか知らないが、ずいぶんと穿った見方というか深淵過ぎる人間観だ。人が昼寝している姿を見かけただけで、よくそこまで考えつくものだと感心する。世の中、昼寝以上に怪しいふるまいは山のようにあり、人様の立ち居振る舞いを見るたびにそこに隠された意図をいちいち探るというのは、なかなかに凄まじいテツガクだ。そこまで神経を擦り減らしている人こそ、ゆっくり昼寝でもして、リラックスするとよいのではないだろうか。


 しかし、世の中、油断のならないものだということを改めて思い知らされる事件が周りで起きた。そのため、「盗人の昼寝」という諺を改めて考えてみたいとつい思った。

きっかけは、ある著者から入った1本の電話。「わたしの本が無料でダウンロードされ、配布されているらしい」という。詳しく聞けば、正体不明の謎めいたサイトで「本の内容が無料でダウンロードできます」と書いてあるそうだ。


 連絡を受け、まったく「寝耳の水」の話だったため、著者に聞いた当該サイトを覗いてみる。「著者による無料ダウンロード」と書いてあり、あたかも著者が許可しているかのように見える。日本語で出版社名が載せられ、表紙画像まで出ている。もちろん、著者や出版社に、事前の申請や断り書きの文章が送られてきた事実はない。完全な海賊販であり、書名のみならず、著者の名前や版元名を許可なく載せていることから、とんでもない犯罪である。

どうかして相手を特定し、このサイトをやめさせることができないだろうか。このサイトにアクセスしてみようかと思ったが、事情をよく知る人たちに相談を持ちかけてみると、それはどうやら危険だということが分かってきた。かつては中国で、この種のサイトが横行し当局とのイタチごっこの捕り物騒ぎが繰り返されていたという。出版物だけでなく、映像や画像、漫画や写真が断りなく掲載されている。最近はそれが南米などに飛び火しているらしい。こうしたサイトはウイルスだらけで、アクセスすること自体危険で、うっかり何かのアイコンをクリックしようものなら感染必至だという。


 まして相手を特定し、抗議したり、サイトを停止させるのは至難の技だそうだ。警視庁にはサイバー犯罪についての問い合わせ・届出窓口があるが、外国のサイトは取締りが困難で捕まえられないことも多い。現時点での警察通報はやめにして別の手を探った。政府のほうでも内閣府知的財産戦略局が昨年から対応を検討しているということが分かったが、まだ良案はないそうだ。


 では民間はどうかと思い調べてみると、コンテンツ海外流通促進機構(CODA)という大手の音楽産業・映画・アニメ・出版会社が会員となっている団体が、国内外の政府機関や関連団体と連携し、違法アップロードされたコンテンツの削除要請、オンライン侵害者に対する直接的な権利行使等の活動をしていることが分かった。今回の件も対応をお願いしたいと思い、正式な要請の前に知人を通じてその旨を打診してみると、実は違法サイトへ削除要求を出してはいるものの実効性は不透明だという。取り組みがようやく始まったという段階らしく、海賊版撲滅の決定打というにはまだキャリア不足のようだ。


 そもそも違法行為なので、削除を含む法的処罰もできてはいる。改正著作権法では、違法ダウンロードは懲役二年または二〇〇万円以下の罰金が科せられるようになった(親告罪)。警察に対応を頼むか考えてみたが、ここでも悩んでしまう。国家は本気になれば通信の遮断はできるだろうし、いくつかの違法サイトが実際に強制的に遮断されているとも聞くが、国家の通信取締りがどこまで許されるのか、というのは大きな問題だ。

著作権法保護が拡大解釈され、自由な表現の萎縮につながったり、強行な取締りが横行する事態を招来することは本意ではないと思い直した。そこで、前段階として文化庁の「海賊版に関するお問合せフォームからメールを出したが、数カ月経った今でも「梨の礫」。

自力救済できればいいのだが、先に述べた理由で、手を出せない。「こうしたサイトには触るな」という忠告を渋々拝受するしかないのか。


 ネットの利便性を否定するつもりはないし、技術的にはあらゆるものが複写可能な時代になってもいる。その趨勢は個々人の意図にもはや関係ないところで、人類の知的環境を変え続けていく。しかし、引用でもパロディでもなく、著作物の正当な権利が蹂躙されることは、やはり文化破壊であろう。


 「盗人の昼寝」という諺に含蓄を感じるのも殺伐としたものだが、昼寝が悪いわけではない、盗みが悪いのだ。ネットや複写技術が悪いのではなく、著作権侵害やサイバー犯罪が悪い。泥縄のような状態だが、それでも縄を編む手を考えていくつもりだ。


出版協理事 吉田秀登(現代書館

102回の閲覧

最新記事

すべて表示

装丁家の死、パッションそしてレクイエム(ほんのひとこと)

今年(2021年)7月5日、装丁家でイラストレーターの桂川潤氏が他界した。報道によれば、クリスチャンである妻のふみ子さんが旧約聖書の「コヘレトの言葉」を捧げたという。奇しくも『装丁、あれこれ』が最後の著作となった。 わたしが桂川氏に装丁を初めて依頼したのは、ミズノを退社して起業したばかりだった根本真吾氏の著書『アメリカでプロになる!』であった。初刷部数が少ないのでコストを切り詰めざるを得ないという

オリンピック開催前に連続した辞任、解任について思うこと(ほんのひとこと)

始まりは今年の2月の東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗元総理の会長辞任であった。「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる。女性は競争意識が強い。誰か一人が手を挙げて言うと、自分も言わないといけないと思うんでしょうね」と発言をして批判をあびた。オリンピック・パラリンピックの精神に反する不適切な表現だったと謝罪をし、会長の辞任は否定するも、一度は静観したIОCの「不適切で(男女平

身辺雑事だけど歴史的な意味あること(ほんのひとこと)

●リモート開始から15カ月 2020年3月、新型コロナ蔓延の兆しに、リモート体制を導入した。グループ4社の内1社を独立させ、3社のスタッフのうち、①自宅リモートに専念する者、②これまで通り通勤する者に分かれた。 神田神保町のオフィスに常勤する者が3分の1、10人程度になったため、年額800万円からの家賃は、寸法に合わなくなった。 毎日社員が来て、相互に顔を見合わせながら仕事をしてきた慣習が、リモー