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装丁家の死、パッションそしてレクイエム(ほんのひとこと)

 今年(2021年)7月5日、装丁家でイラストレーターの桂川潤氏が他界した。報道によれば、クリスチャンである妻のふみ子さんが旧約聖書の「コヘレトの言葉」を捧げたという。奇しくも『装丁、あれこれ』が最後の著作となった。


 わたしが桂川氏に装丁を初めて依頼したのは、ミズノを退社して起業したばかりだった根本真吾氏の著書『アメリカでプロになる!』であった。初刷部数が少ないのでコストを切り詰めざるを得ないということもあり、装丁のみならずイラストまで描いてくださり、おかげで最少コストで書籍を仕上げることができた。


 縁は異なもの。我らが草野球団「ダイナマイツ」の先輩で、球団ロゴ製作者であるデザイナー高麗隆彦氏と桂川氏は、老舗・精興社にて協働していたという。まだまだ奇縁は続く。ドン・キホーテ学者、荻内勝之氏の新刊『イスパニア国王フェリーペ二世に裏切られた男』の編集をすすめていくうち、荻内氏の祖父が播州歌舞伎の大看板役者・嵐獅山ということがわかり、さらには実父のことを書いた『おっ父ったんが行く』(福音館書店)を出版したが、その装丁とイラストを担当したのがなんと桂川氏なのであった。本書の製作に際して、荻内氏と桂川氏、担当編集者は播州・東高室まで「役者村」の取材に行ったという。


 収束の様子がいまだ見えない新型コロナウイルス禍の現況では実現できないリアルなイベントにも御協力をいただいた。出版協理事となって、「人的交流と情報交換の場の提供」を目的としてイベント会議という部会を担当することになり、2016年には「装丁/ブックデザイン」をテーマとして多彩でユニークな仕事をされている三人のブックデザイナーを招いて講座を開催した。第1回が「『デザインの種』そのコツとツボ」(8月、鈴木一誌氏)、第2回は「祖父江+コズフ+慎+イッシュ」(11月、祖父江慎氏)、第3回が「本づくりと聖書(The Book)」(2017年2月、桂川氏)であった。各々のブックデザイナーの個性が全面展開された講座となり、すべてで大入りの盛会となった。余談だがこのあと桂川氏は出版協賛助会員になってくれた。


 これを奇貨とし、わたしは書籍企画を桂川氏に打診した。のちにかたちになったのが『装丁、あれこれ』であった。刊行後、2018年5月、往来堂書店(千駄木)にて、ライターで編集者の南陀楼綾繁氏の企画で、出版記念イベント「装丁から広がる本の世界」が開催された。最終的にはわたしが提案したものから大きく方向転換した本となったが、「出版ニュース」での連載コラム(2012~17年)を軸に、「否定的な書き方をしない」という理念のもと、「本」をめぐって書かれた文章をまとめた本となった。桂川氏が「あとがき」に記すように、「代案」として考えてくれた内容となった。


 桂川氏の「出版ニュース」のコラムが開始された2012年は、書籍電子化の「経産省コンテンツ緊急電子化事業」や、アマゾンの電子書籍端末「キンドル」の日本進出が始まった年であり、出版界では「電子書籍」の話題が引きもきらず、米国においては「書籍の8~9割が電子になる」とまで喧伝され、文字どおり電子書籍狂詩曲、もうすぐ「紙」の本と「装丁」は砂上の楼閣のごとく消えてしまうであろうといった状況となった。そんなときに書かれたコラムではあるが、「本」の周辺で起きるさまざまな出来事を明晰判明に批評し、つねにあたたかい眼差しをおくっていた。本づくりやデザインの現場、その魅力を著者や編集者、そしてデザイナーとともに楽しむイベントや書店での試み、読書の多様化まで多岐にわたるエセーはぜひ本好きには読んでほしい。


 ともあれ、まさにいま(コロナ禍ということもあるが)、電子書籍やネットストア、スマートフォンの普及によって、これまで当たりまえと考えられてきた紙の本やリアル書店の在り様が大きくゆらぎ、われわれはそれらの「価値」や「意義」を根源から問い直すよう促されている。先の桂川氏と南陀楼氏によるイベントでは、装丁家の先達のことばがいくつか紹介されたが、主なものでは、装丁における革命家の一人であろう菊地信義氏は「わたしは紙の本を愛しています」という。「ハウススタイル」装丁の典型で、岩波書店において編集および装丁を長年務めた田村義也氏は「装丁は編集の帰結であり画龍点睛である」「本は編集するものであってデザインするものではない」「本というものの必須要件、題字と著者名がはっきりとしていることであって、その他のことは二の次だ」という。桂川氏はこの田村氏から多くを学んだ。推して知るべし。そしてわたしが桂川氏から学んだこと――「奇を衒うこと勿れ」。


 振り返れば短くも高濃度なおつき合いとなった。「目を閉じればいつか想い出のスクリーン」(八神純子)――さようなら桂川さん、いずれまたお会いいたしましょう。



出版協理事 河野和憲(彩流社


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