国会図書館は我々を自由にしてくれるのか?(ほんのひとこと)

 国会図書館が、令和3年3月25日の納本制度審議会の答申に基づきオンライン資料の全面収集を始めるとのこと。


 今までの状態との大きな違いは、有償のものであっても、DRM(デジタル著作権管理)が付されているものでもDRMを外した上でその対象となることだ。


 今までと変わらないのは、その補償で、納本義務者が国会図書館に収集可能なURLとメタデータを通知する場合の「自動収集」、国会図書館のシステムを使ってアップロードする「送信」に関しては無償、記録媒体に格納して収集する「送付」の場合は媒体費用と送料が補償されるという。


 納本義務者にとって紙の本の場合、納本は金銭的に補償がされているため、動機付けにはなっているが、「送付」以外の場合の“作業”が動機付けになるとは考えにくい。果たして所期の目的を達することが可能なのかどうか少々疑問ではある。


 加えて元々ある疑念――国会図書館に電子データをそのまま渡してしまうと販売に影響が出てしまうのではないかという疑念がやはり拭い切れない。


 そのためか、収集除外対象として、営利企業で構成する組織が運営するリポジトリ(収納先、保管先)を認める方向だという。


 こうした疑念や反応の底には、国会図書館に権限や資源が集中していくことにあるのではないだろうか。


 それはなぜだろうか。


 ここで国会図書館の存在根拠である「国立国会図書館法」の第一章を見てみよう。


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 第一章 設立及び目的

第一条 この法律により国立国会図書館を設立し、この法律を国立国会図書館法と称する。


第二条 国立国会図書館は、図書及びその他の図書館資料を蒐集し、国会議員の職務の遂行に資するとともに、行政及び司法の各部門に対し、更に日本国民に対し、この法律に規定する図書館奉仕を提供することを目的とする。


第三条 国立国会図書館は、中央の図書館並びにこの法律に規定されている支部図書館及び今後設立される支部図書館で構成する。

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 この第二条でわかることは、「図書資料蒐集」が第一義的には「国会議員の職務の遂行に資する」ためであり、次に「行政及び司法の各部門に対し」であり、最後に「日本国民に対し」て、であるからではないだろうか。


 同法は「第六章 調査及び立法考査局」、「第七章 行政及び司法の各部門への奉仕」、「第八章 一般公衆及び公立その他の図書館に対する奉仕」となっていて、名は体を表すように、国会=議会に付帯している図書館なのであって、「日本国民に対し」ては、三番目に奉仕することになる。


 また、かつての「長尾構想」(長尾元館長が私案として発表した、国会図書館の蔵書をスキャンし、少額料金で貸し出せるようにするという電子図書館構想。我々も含め業界が騒然となった)の際に明らかになったように、館長の権限と裁量は意外に大きくかつ、その人事には実質的に衆議院議長の意向が大きく反映される。


 国内でさまざまな意味で最大の図書館が“議会付属図書館”なのだ。「National Library」ではなくて、「National Diet Library」なのだ。


 この事態を含みこんだ上で、果たしてコレでいいのだろうか。


 図書館をめぐっては、「業者任せにしたら、郷土史の蔵書が廃棄されて、廃棄同然の古本が新たな蔵書になった」「図書館員のほとんどが派遣や外注だ」「見た目はきれいな図書館が建ったが蔵書が直射日光にさらされて、あっという間に傷んでしまう」「蔵書の貸し出し回数で評価されてしまう」「無料で読める貸本屋だ」などなど、本来あるべき図書館の姿や事態とかけ離れている事案、悲劇(ときには喜劇!)が多々発生しているのは、図書館と司書をはじめとする職員に対する、理想や敬意が欠落してきているからではないか。


 その状況を変えるためにも、実質的に「National Library」である国会図書館が自主性と独立性と専門性を担保されることによって、他の図書館にも反映されていくと考えられないだろうか。


 時代とともに必要な資源、知識が変わっていくこともあろうが、その館(≒組織)の本来の理念(≒ミッション)を思い出す必要があるのではないだろうか。

 ちなみに「国立国会図書館法」の前文(?)は、次のような文言である。



「国立国会図書館は、真理がわれらを自由にするという確信に立つて、憲法の誓約する日本の民主化と世界平和とに寄与することを使命として、ここに設立される。」




出版協理事 廣嶋武人(ぺりかん社

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